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Jazz For Tohoku vol.17

ジャズ・フォー東北 vol.17
2012年8月11日〜13日
岩手県釜石市/遠野市

■メンバー:
akiko(vo)
http://www.universal-music.co.jp/jazz/j_jazz/akiko/
金子雄太(org,key)
http://mocloud.com/
高瀬裕(b)
http://www.takasehiroshi.com/
広瀬潤次(ds)
http://www.junjihirose.com/

■会場と日時:
8月11日
岩手県釜石市「三陸海の盆」16:50~17:20
http://tonomagokoro.net/archives/28370
釜石市鈴子公園特設会場

8月12日
岩手県遠野市
遠野駅前ストリートライブ!
18:30~

8月13日
11:00~12:00
岩手県釜石市
釜石カトリック教会カリタスジャパン釜石ベース内「ふぃりあ」
釜石市大只越町2-4-4
0193-27-9030
http://ameblo.jp/kamaishi311/


JAZZ FOR TOHOKU、去年の震災以降、彼らの活動を知って以来ずっと参加を希望していたのだけれど、
なかなかタイミングが合わなかったところ、ようやく今回初参加することができた。


8/10深夜未明、オルガン金子雄太宅に集合。ベース高瀬裕、ドラム広瀬潤次とそれぞれの楽器、そして私を積んで、一路東北へ。
けれどお盆前のこの日、いきなり東北道の大渋滞に巻き込まれる。渋滞45kmって。。。
その後も20km,15kmと度重なる渋滞をすり抜け、というより渋滞と共に移動し、
釜石のライブ会場に着いたのは翌8/11の15時。ギリギリセーフ。16時半からのステージに向け、早速セッティング。
14時間の長旅。14時間あれば、ヨーロッパにも行ける。

釜石で行われていた「三陸海の盆」でのライブ。パラついてた小雨も私たちの本番前には上がり、30分の短いステージを届けた。

思えば私は高瀬君やひろりん(広瀬氏)との共演は6,7年ぶりだろうか?ゆうぽん(雄太)ともここ1,2年共演していない。
高瀬君なんてすっかりスリムでマッチョになっていて、私の知っている彼とは全く別人でびっくりした 。(ひろりんは変わっていなかったけれど。)
とにかく、昔はよく一緒にスキーや海に遊びに行って馬鹿騒ぎしていたイメージしかなかったので、こういう活動をしていることを初めて知った時には意外だったし本当に驚いた。
今回で17回目を数えるJAZZ FOR TOHOKUは、ひろりん、高瀬君、そしてサックスの岡さん(岡淳氏)らが、震災後から「自分たちに何かできることはないか」と考え、スタートした活動だという。毎回その都度参加出来るミュージシャンを募り、現在まで数々のジャズミュージシャンとともに数カ所の被災地を回り、演奏で支援活動を続けている。
彼らの話を聞けば聞くほど、エゴでもファッションでもない、純粋なチャリティーの精神を感じることができる。
まず高瀬君が言っていたことで印象的だったのは、震災直後こそ違えど、今は「自分のために行っている」という言葉。「楽しい」とも言っていた。無理をしない、とも。
私も全く同感だ。その言葉だけ聞くと語弊があるかもしれないが、私はそれでいいのだと思う。ミュージシャンにとっては、音を出したり演奏後に美味しいお酒を飲むことは何より楽しいことだし、どうして楽しんではいけない理由があるだろうか?自分が楽しくなければ、どうして人を楽しませる事ができるだろう。
持っていないものを与えることは出来ない。豊かであってこそ。物質的な意味合いだけではなく、特に心の豊かさという意味において。

さて、無事一日目のステージを終えた私たちは、地元の温泉で汗を流してから、宿舎がある遠野市へ。ここで今回の釜石を始めとする被災地の支援活動しているまごころネットのみなさんと合流し、居酒屋へ。力さんという店主の、愉快なこと。料理もお酒も美味しい。(地ビールも格別!)でも聞けばやはり、彼も大切な友達や仲間を失った震災の被害者であり、当時の苦労や悲しみ、ずっと会えなかった友達と再会出来た時の喜びなど、その非日常の話を聞くだけでも、ここに来た甲斐があったのだと思った。

翌日の昼、たっぷりの睡眠で長旅の疲れもとれたメンバー4人で、遠野の観光名所を訪れることにする。カッパ淵、山口の水車、橋野高炉跡など。私は勉強不足で知らなかったのだが、遠野という場所は、柳田國男の『遠野物語』の舞台であるらしく、遠野の民話からなるその本に魅せられた多くの人々がこの地を訪れる。『カッパ』もこの地を代表するシンボルであり、駅前や至るところにカッパの像や置物がおかれている。山をさらに深く入ると、 のどかな田園風景が広がり、その美しさに思わずため息が出る。樹齢400年の杉、色とりどりの花、一面に広がる棚田。ああ、東北の地には、こんなにも素晴らしい風景がたくさん残っている。

夕方には市街に戻り、楽器のセッティング。この日は駅前でのライブ。昼には少し心配だった空模様も落ち着き、心地よい風が吹く中集まってくれたみんなの前で演奏を始める。主に有名なスタンダードからの選曲。知り合いに偶然会う。外国人のカップル、まごころネットの関係者のみなさん、地元のご家族、子供達など。ボランティアでこの地を訪れ、これから帰るところだという埼玉から来た女性グループの1人が、最後に歌った[Smile]がこの世で一番好きな曲で「これを聴くためにここに来たんだと思った」と言ってくれた。嬉しい言葉。

そう、遠野にはボランティアの方々もたくさんいる。外国人も多いらしい。有り難い話だ。
この日の打ち上げでは、この地で長いことボランティア活動をしている方々と話す機会があった。もうこの地に来て一年以上になる新潟から来た男性、高知出身のアフロヘアの男性、仕事を辞めて来た秋田出身の女性、みな若い。ひろりんも交えて彼らと話をする。新潟の彼は、こんなに長くボランティアを続けていられるモチベーションは、現地の人たちの笑顔だと言っていた。彼は、先月台風の被害にあった熊本にも先日訪れたという。アフロの彼に、どこでヘアのメンテナンスをしているのかと聞くと、4,5ヶ月に一度東京の美容院に行っている、と教えてくれた。仮設住宅などでも目立つヘアスタイルはすぐに覚えられていいのだ、それまでもずっとアフロにしていたけれどここに来て役に立って今までで一番良かったと思っている、と。

彼らを見ているとやはり豊かだと感じる。仕事をせずに長くボランティアを続けられるのだから、物質的にももちろんそうなのだろうけれど、当然それだけではない。むしろ心が豊かでなければ、ここまで長くは続かないはずだ。
誤解を恐れずに言うならば、私はこの一見対峙しそうな物質的豊かさと精神的豊かさは、同じものだと思っている。
もちろんそれは何を持って「豊か」と定義するかによるのだが。
一日の空腹を満たすに充分なパンがあるだけで、それを豊かで恵まれていると感じる人もいれば、
いくら豪華な金銀財宝を持っていても、まだ足りない、満たされない、と思う人もいる。
けれど私は精神的な向上をめざすなら必要なものは後からついてくるものだと信じているし、そうありたいと思っている。

彼らは、私たちのようなミュージシャンがこういう場所に来て演奏してくれるのは、とても嬉しいことだし続けて欲しいと言ってくれた。
「自分はがれきしか運べないけれど」と。
私は彼らのことを、心から尊敬する。
がれきを運ぶのも演奏するのも歌を歌うのも同じ。
そんなことに優劣はない。大切なのは、いかにその気持ちが純粋かということ。

「僕たちの活動が必要なくなるまで、この活動を続けて行きたい」と語るひろりんの横で、目頭が熱くなり何度も涙をこらえる。
彼はいつも、淡々とした口調で話す。
お酒も飲まず、いつも落ち着いた一定のテンションを保っている。
けれど彼のドラムがそうであるように、語る言葉の端々から彼の懐の深さを窺い知ることができる。
『僕達の活動が必要なくなるまで』
なんて愛に溢れた言葉だろう。
ひろりんや高瀬君、それに岡さんには、
本当に頭が下がる。
最初に書いたように、彼らは去年この活動を始めて、もう1年以上続けている。
JAZZ FOR TOHOKUの運営資金は、彼ら自身が手作りで作ったCDをライブ会場で売ったり、寄付を募って集めているそうだ。
ほぼ月イチのペースで現地のボランティアとやりとりをしながら被災地でのライブを開催し、
毎回全員揃わないとしても(今回も岡さんはアメリカでのフェス参加のため不在)、忙しいスケジュールの合間を縫って可能な限り自分達も出向き、
活動の場を広げている。
これは並大抵のことではない。でも、彼らの中にはなにも「無理」がない。
そう、最初に高瀬くんが言っていたように、無理をしていないのだ。
自己犠牲だと思っていたら絶対に続かない。これは『犠牲』ではない。
もっと言えば「誰かのために」とか「助けるために」とも思っていない。
彼らにとってこれは『自ら進んでやりたいこと』なのだ。
この活動は、エゴでも私利私欲ではなく、愛から産まれたものであると実感する。

「音楽にどんな可能性があるか、自分達にはどんな力があるのか知ってもらいたい、 だからなるべく多くのミュージシャンに参加してもらいたいと思っている」と高瀬君は言う。彼らは決して発起人である自分たちのことを偉ぶるわけでもなく、もちろん損得を考えるでもなく、『JAZZ FOR TOHOKU』という、その時々参加してくれるミュージシャン達を含めた一つの活動形態として動いている。
そして「夢はいつかこれらの被災地でチャリティーではなく、仕事としてのライブが出来ること」だと語る。それはもちろん、復興を意味している。
そこには純粋な愛の形がある。
私は今、 彼らのような友人であり音楽仲間がいることを心から誇りに思い、また幸せに思う。

翌日、再び釜石に出向き、11時から教会でのライブ。
教会と言っても天井の高い礼拝堂はなく、
小さなスペースに、手作りで私たちを迎える準備がされている。
1時間程のステージ。最後のアンコールの1曲の途中で、小さな子供がお父さんと入ってきたので、もう1曲、When You Wish Upon A Starを歌う。

私は昔、この有名な『ピノキオ』のテーマ曲を、他の多くのジャズの有名曲と同じようにあまり好きではなかった。
でも今は、なんて素晴らしい曲なんだろう、と思っている。
[星に願えば誰でも願いは叶えられる。心から望むものは現実になる]
これは、決してお伽話なんかではない。
ウォルト・ディズニーは知っていたのだ。この世界がどうやって出来ているのかを。宇宙の秘密を。

ライブ後、東京に向かう道すがら、海沿いの三陸道を走り陸前高田まで行ってみることにする。 復旧作業がだいぶ進んだということもあるのだろうが、遠野はもちろん、釜石でも壊滅的な被害の跡をまだ見ていなかったのだ。海沿いの被災エリアまで出向き、一度この目でその姿を見てみたかった。
震災直後の様子を知っている高瀬君やひろりん曰く、『だいぶ復旧作業が進んだ』とはいえ、やはり陸前高田の被災の跡は生々しい。1本だけ残った松を見に来た車で、道が少し混み合っている。少し離れたところに車を止め、海岸まで歩く。かつて道だった場所は、今はもう海の一部と化している。海岸線が変わってしまった。
辺り一面、残ったコンクリートの狭い隙間からも、雑草が生えている 。彼らはなんと逞しいのだろう。『雑草』という名前は、人間が勝手に付けただけである。どの草もすべて力強い生命の現れなのだ。

海に向かって手を合わせ、黙祷を捧げてから、車まで引き返す。
ここは復興して行くだろう。 背後にそびえる山々と、何もなくなってしまった場所に生い茂る草の大地を見ながらそう思う。もちろん他人事と思っているわけでも、楽観視しているわけでもない。時間もかかるだろうし、支援も必要だろう。けれどここにまた新しく街が出来ていく姿は想像出来る。けれど、福島は?

今回の道中、改めて感じた事がある。東北道で福島辺りを通る時は、車の窓を開けず車内換気にする。サービスエリアでも降りずに通り過ぎようということになった。
私は普段そんなに神経質なほうではないけれど、福島の放射線量に関しての問題は、女性としてはどうしても気にしてしまう。もちろん、食べる物にも今まで以上に気を遣う。
大好きだった那須を通る時、「ここの地を再び訪れる事が出来るのは、いったいいつになるのだろう」と考える。原発の問題は、被災地の支援活動とはまた別である。これは、自然の脅威がもたらした悲劇ではない。私たち人間の、選択の結果だ。
原発の問題についてここで書くのは長くなるので控えるが、
とにかく、あらゆる種類の保護や支援を最も必要としているであろう福島の人々に対して、何も出来ないでいる自分をもどかしく思う。この状況をどうにかして変えたい。みんなの力を合わせることよって。

24時過ぎ、無事帰宅。2泊3日の旅。3泊3日と言うべきか。とても濃い旅だった。



正直に告白する。
私には行く前、多少の迷いがあった。
自分の体調がすぐれなかったこともあるが、やはりお盆前の渋滞が必須の車での移動は疲れるし、せっかくの休みをわざわざ仕事でもないことのために使うなんて、という気持ちにも襲われた。
時が経つにつれ「支援の声を届けたい」「自分にできることを」「助け合おう」という気持ちは、他の多くの人たちと同様、私の中でも日常の騒音のなかでかき消され、最初にJAZZ FOR TOHOKUの活動を知った頃から比べると薄れてきていたのも事実だった。
でも本当に、行ってよかったと思う。
そういう自分の弱さと素直に向き合うことができただけでも価値があることだし、
私は今回出会った人たちに、与えるどころかたくさんのエネルギーをもらった。
疲れるどころか、逆に癒されている自分に気づく。
「ありがとう」を言うのは、私のほうなのだ。


JAZZ FOR TOHOKUの活動を、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思う。私もこれからも、可能な限り参加したいと思っている。


今回お世話になったまごころネットのみなさんや遠野観光協会の方、ボランティアの方々やすべての関係者のみなさん、どうもありがとうございました。
そして聴きにきてくれたみなさん、本当にどうもありがとう。
JAZZ FOR TOHOKU、高瀬君、ひろりん、ゆうぽん、
みんなどうもありがとう。



お盆が終わる。小さな頃からお盆が大好きだった。
見えないけれどいつも見守ってくれている、大切な人たちと会えるからかな。
今年は迎えに行けなかったけれど、せめて見送りにだけでも行こう。

akiko
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